帰宅

「これが…この部屋の鍵ね
 別に缶詰だからって部屋でじっとしてろって言わないけど
 …けど…私が帰ってくるときまでには
 この部屋にいて、電気を点けておいてね」




それが僕が雅ちゃんと交わした一つだけの約束だった




僕は遅筆の妄想家
そして雅ちゃんは妄想誌『新妄想』の編集者で
僕の担当編集者であった




ある日のこと
僕のあまりの遅筆ッぷりに業を煮やした雅ちゃん
イキナリこう切り出したのです
「先生!
 缶詰ですっ!!
 私の部屋に缶詰されて原稿を上げて下さい!!!」と




僕は書きたいときに書きたいだけ書きたいことを書く
それをモットーに妄想界を渡ってきた妄想家
故に遅筆な妄想家
そんな一編集者に缶詰要求
それも編集者の家に缶詰されるなど真っ平ごめんだっ!!!!!



…と言おうにも
彼女の真っ直ぐで
何も深いことを考えて無い瞳の前に抵抗出来ず
気付けば鍵を渡され
主夫との兼業妄想家として
同棲風味の缶詰生活を送っていた




…平穏無事な同棲風味缶詰生活を過ごしていたある日のこと
僕は妄想のネタのために
取材として小田原に出掛けることになった
同棲生活も早半年が過ぎようとした頃だった



「取材が終わったらすぐ帰ってくるから…
 多分…雅ちゃんより早く帰って
 いつものように電気を点けておくよ」



出かける時に何となく言ったこの言葉
これがまさか現行の仕上がりの時間以外で
彼女についた最初で最後の嘘になるとは思わなかった



結論から言うと僕は帰れなかった
雅ちゃんが帰ってくるまでに電気を点ける事が出来なかったのだ
いや、それどころか…
ずっと彼女の部屋に帰ることがなかったのだった














時は流れ夏が終わり、秋真っ只中の頃
僕は竜宮城を追い出された
いや、追い出されたような気分だった
僕が知らない間に目まぐるしく時は流れ
気付けば回りは僕の知らないことばかりだった
周りを見ても何がなんだかさっぱり分からない
一体どれほどの時間、僕はあそこにいたんだろう
10日くらいしかいなかったような気もするし
10年くらいはいたんじゃないか?
そんな気もする
何だか催眠術師に指をパチンと鳴らされて
ハッ!?と目が覚めたような
そんな非現実的な感覚であった




そんな夢現の中、秋は終わり季節は冬になり
気付けば僕は雅ちゃんの部屋の窓が見える場所に立っていた
丁度、雅ちゃんが帰ってきそうな時間に
窓の暗さは彼女の不在と
彼女が今、缶詰している妄想家の不在を物語っていた




…イタズラで電気だけでも点けておこうかな?
確かに右のポケットにはあの部屋の鍵がある
天才的にものを失くす僕にしては奇跡的に
この鍵は紛失せずにいた




…いやいや、それは単なる不法侵入以外何物でもない
大体、何かの間違いでバッタリ出くわしたらどうする気だ?
一体、どの面下げて彼女に会うと言うのだ




やっぱり帰ろう
そう思った矢先のことであった




「こらっ!!」





聴き覚えのある声が後ろからする
聴き間違えようの無いあの声
声の主が分かってるだけに振り向くに振り向けない




振り向けずにいる僕に対して声の主は追い討ちをかける




「こらっ!!!
 私が帰ったときには電気点けておいて、って言ったでしょ!?」




振り返れない僕の目の前に回りこむ雅ちゃん
その顔を見る事が出来ず
思わず顔を逸らそうとする僕の顔を覗き込む雅ちゃん




「あ〜先生、鍵、失くしちゃった?」
「い、いや…鍵はあるけど…」
「もうっ!だったら電気、点けておいてよ〜」
「いやっ…あの…」
「…」
「え〜っと…」
「…おかえりなさい」
「えっ?」
「おかえりなさい、って言ったの!
 ほらっ!早速、取材の成果、見せてもらうからねっ!!!
 さっさと原稿、書いてもらわないと困るんだから!!!」
「え〜っと…」
「そんなトコで突っ立てたら風邪ひくから
 また、ウチの部屋で缶詰生活だよっ!!」
「…うん」















そんなわけで新木場より帰ってきたこまきまこです
『何しに来た!?』
そんな反応で迎えられた新木場でありましたが
僕はただ、雅ちゃんに謝りたかったのです
そりゃ許してもらえるとは思ってません
確かにこの初夏から夏にかけての僕がやってきたこと
夏ハローで雅ちゃんが好きすぎてバカみたいを歌っているにも関わらず
目の前ってのは目の前
つまり前方全てが目の前なんだよ!
そんな屁理屈の元
向こう上面のあの子を必死に追っ掛けてたこと
ベリでは決して行かなかった九州、北海道遠征
雅ちゃんの誕生日に何処にいたのか?
雅ちゃんの誕生日の翌日、何処にいたのか…
そんな事を思えば
それは『たまにつれない』なんてレベルじゃないです
確かにそうです
そう、だから許して欲しいとは言わない
ただ…ただ、誠意をもって謝りたい
ただ、その一心で『胸さわぎスカーレット』を22枚買って
その謝罪の機会を得たのです
そう、本当に、純粋に、
ただ、謝りたかったんです
許してもらわなくて良かったのです…




なのに…




なのに…雅ちゃんは…許してくれました
僕にニッコリと笑ってくれました
あの去年の11月26日に
僕の頭から佐紀ちゃんにプロポーズをするとかいう
訳のわかんない妄想を吹っ飛ばして
ただ、真実を
僕の運命の女性は
この私、夏焼雅である、と
そう教えてくれたあの瞳で
僕に語りかけてくれたのでした…




そして…




あの子のわっきゃない(Z)に涙し
あの子と初の握手をしたあの日以来
冗談抜きに丸1年、馬券が当たらなかった僕に…







こんなプレゼントをしてくれたのでした…




嗚呼…雅ちゃん雅ちゃん